特別インタビュー:露木美那
話スヒト:露木美那=ミ
聞クヒト:岩澤拓也=た
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『マッサージ師目指す』
たく)幼少期、水泳以外、他に何か覚えてますか?
ぱち)マッサージについてはよく覚えていますねぇ
元々、マッサージをするのが好きで親や知り合いに押し売りをして、うまいねとお世辞かもしれないけど、いわれて、嬉しくて、親にマッサージ師なんていいんじゃないといわれ、それを真に受けて、マッサージをしたいと思って、今があります。
たく)いいですねぇ。
マッサージが好きになる、
やり始めたきっかけ、覚えてます?
ぱち)あまり覚えてなくて…
何でやったんでしょうねぇ
人にやって、喜んでもらえてそれが嬉しかった。単純な記憶ですね。
たく)ではそこからマッサージ師になるというのは基本ブレずに?
ぱち)そうですねぇ。
小学校くらいからいっていて、中学くらいに調べたり、高校に行くのに福祉科行ったんですけど、福祉科に行くのもマッサージ師になるのに何か福祉やってたら役に立つかなぁというのと親の影響もあるけど、マッサージ師になるにはと考えて動いていたので。
基本ブレずに来ています。
『吹奏楽部』
ぱち)部活ですねぇ。
吹奏楽部なんですけど、入った理由が水泳をやっていたので、水泳部に入ろうとしたら、なくて、ないんだぁと思って。
母親が吹奏楽部で吹奏楽部なんてどう?といわれて、見学にいって、あ、これに入ろうかなと思って、入りました。
その中でもコンクール。
夏のコンクールに出るんですけど、3年間。
1番最初は先生にめちゃくちゃ怒られながら、泣きながらみたいなところがあって。
最初はパーカッション、太鼓とか叩く系をやっていて、人数合わせで2年からフルートに行けと。。
たく)全然違う!と
ぱち)全然違うものに転向するんですけど、これがちょっとした大きな転換期で、今までやってなかったので、習い始めるんです。
最初は息が続かなくて、酸欠になりながら、最終的には主旋律なんかも吹くんですよ、ドキドキしながら。
続けて、最終的に3年生のコンクールで金賞を取ったりとか。
たく)1番いいやつですね?
ぱち)そうですね!金賞を取ったりして、先生に怒られながらもそうやって、ずっと練習したりとか、金賞を取れるくらいになれるんだなと自信を持てました。
1番はみんなで話し合ったりして作り上げるチームの共感性というのか、そういうのが勉強になったなと思います。
たく)やっぱり個人競技というよりみんなで合わせていくというのが吹奏楽部の醍醐味であり、難しそうだなって。どうなんでしょうか?
ぱち)確かに…
部長がいて、副部長がいて、その下にみんながいて、やっぱりぶつかることもありましたし、女の園なので、いろいろあったりしたんですけど…
たく)女性が多かったんですね?
ぱち)そうですね。
女性が多くて、いろいろあったんですけど、ただ楽しいなと思うところは沢山あって。
何より人前で吹いて、作り上げる達成感というのはよく覚えています。
たく)でも、どうですか?楽器変えられるって、どうなんですか?よくあることなんですか?
ぱち)場合によってはありますね。先輩が抜けたりとかこの楽器が少ないからとか、そっちいってくれる?というのはよくあります。
たく)わからないですけど、僕だったら、えー!とか1年間折角ここまでやったのにさ、とか思うんですけど、ぱちさんはいい機会だなとかプラスに捉えているんだなと思ったんですけど、
実際のところどうなんですか?
ぱち)実際のところはえ?!フルート!?!と。
え、え?!ってやっぱりびっくりしたんですよ。ただパーカッションって陰ながら支えるという感じで、フルートだと前に前にという感じで、それがプレッシャーだったりもしたけど。
それが何か自分が好きな曲だったりした時にそこで自分が最初に主旋律を吹いたりする時にこうやってきいてもらえるというのは嬉しかったというのは覚えてます。
たく)最終的にフルートに行けてよかったでいいんですか?
ぱち)フルートに行けてよかったというのもそうなんですけど、1番は吹奏楽部に入って、集団で1つの事を作り上げるっていう物が苦しいながらも楽しかったというのは今思えば、あります。
吹奏楽部に入ってよかったですね。
『高校』
ぱち)高校で印象的なのが福祉科です。
高校で福祉科に入って、介護福祉士を目指す3年間で。
1番印象に残っているのがみんなが夏休みに入っている中、福祉科は実習にいって、休みが短くなる経験したりしました。
3年間同じクラス、1クラスが福祉科で、女の園で…
たく)多いですね、その話…!
ぱち)36人いて、男性4人だけで、まぁ、これもまたぶつかったりしてて、それを私は側から見てて、やべぇなって思ったりして…
たく)当事者ではなかった?
ぱち)当事者ではなかったです。
ただそれも今思えば、いい思い出で、今でもSNSとかで、繋がっているのは高校の友達で一緒に会おうかとなったりするので、高校の時の付き合いもいいものだったなと思います。
『母の話』
ぱち)親の影響が強いんですけど、吹奏楽部も親に勧められて、福祉科に入ろうと思ったのも按摩マッサージ指圧師というのを取ろうと思った時に福祉やってたらいいんじゃない?という親の一言がありました。
親がヘルパーの資格を持っていて、仕事もしてました。
話をきいていて、面白そう、楽しそうと思い、福祉を学んでおこうかなと思いました。
それがあって、介護福祉士に。
母とは仲が良かったです。
たく)言い方がそんな風にきこえました。
ぱち)兄弟4人の中、女1人なので、大きくなってから友達みたいに信頼して、話も沢山したりしてました。
『専門学校でオイルマッサージサークルに入っていた』
ぱち)指導していただく先生と直接連絡を取り合い、日程を決めたりしていました。
部長をやっていて、文化祭ではブースも出していたので、サークルは印象が強いです。
オイルマッサージが好きで、その好きが原動力で、サークルにも入って、部長にもなって、いろいろまとめていくのが不器用で背負い込みすぎて、いっぱいいっぱいになってしまいました。
同じ学年だけど、年は大先輩方に背負い込み過ぎだよと言われながらも勉強させていただきました。
先生ともサークルの練習に付き合っていただきながら、仲良くなって、今もお酒を飲む機会をいただいています。
『按腹』
ぱち)按腹、これから講師としてもやっていくので、ちゃんと治療の中に取り入れたいのもあって、自費へいきました。
訪問とかだと時間の関係などで出来ませんでした。
たく)何で按腹なんですか?
ぱち)おなかのマッサージにハマりました。
これから講師として教えていくので、少しでも自信を持ちたいのと、治療の中に取り入れていくためにも。
たく)じゃあ、今も按腹を取り入れた治療を行なっているんですか?
ぱち)人によってです。
便秘などある方にこういうマッサージがあるんですと話して、やったり、おなかを触ったりします。
たく)按腹の魅力は?何にハマったのですか?
ぱち)私はおなかが弱いんです。
決して強くはないところがあって、
小さい時の記憶でおなかを触ってもらうと安心して、さすってもらうのが嬉しかったんです。
自分がやってもらいたい、治療の中でやってもらったら、嬉しいだろうなと思っていたところに、おなかのマッサージに出会いました。
それをきいて、楽しみにしている自分がいて、おなかの治療が出来る、おなかで困っている人に対して、助ける事が出来るというのが嬉しかったです。
たく)自分の経験からなんですね。
『ここちめいどに入ろうと思ったきっかけ』
ぱち)自費の治療院で1人の患者さんに1時間とか90分入るのに話し方がわかりませんでした。
今までは20分とか短いマッサージでサクッとやって、次へ行くのが多かったんですね。
故に話をききながら、進めていくのが出来ませんでした。
どうしたら話がきけるようになるかなと思ったところでここちめいどに入りました。
たく)90分大丈夫になりましたか?
ぱち)大丈夫になりました!
卒業されていった方に先生だから、話せましたと言ってもらえました。
『今後の展望』
たく)今後の展望、未来の目標はありますか?
ぱち)講師は決まっていて、来年度から独り立ち予定です。本腰を入れていきます。
ラジオ、stand fmというラジオをやっていて、日々の気づきを毎朝話しています。
他の人とコラボもしていて、ラジオを続けていきたいと思っています。
自分の中の価値観の共有やここちめいどで習った傾聴の練習にもなるので、しっかりやっていきたいと思っています。
はり・きゅう治療院クオーレ
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