全日本鍼灸学会学術大会
2023神戸大会に参加して
屋由美/はり灸サロン月花

全日本鍼灸学会とここちめいど

 一人ひとりの力は小さいかもしれない。その力は小さくても、ぶれない芯がある思いは多くの人を巻き込み、大きく、強く、しなやかな布になる。

 そんな事を思う鍼灸学会だった。朝、普段なら絶対起きない5時半に起きて、電車に乗って新幹線で新神戸へ向かう。

 すでに前日、いや一週間くらい前から徐々にワクワクが止まらない状態だった。自分が発表するわけでもないのにこんなに学会をカウントダウンして待っている自分に驚く。それもそのはず、知っている人が沢山、出るのだもの、見届けなくては!!そんな思いで新幹線の中でも抄録をパラパラとめくる。(実際はその後すぐに爆睡して新大阪まで一瞬だったのだけど)

 若手鍼灸師による症例報告を出す意義についてディスカッションするシンポジウムは参加していてこんなにワクワクしたことはなかったという位ワクワクした。
ここちめいどに入るまで私は個人の鍼灸師が症例報告を出したとて…と思っていた。
けれども「鍼灸が世の中に普及しない(特にお医者さんに治療法として認めてもらう事)理由は学者の責任だ」位に思っていた。
まさしく他人事。
それが「私たちが鍼灸を普及するために症例報告をすること」と知った時ようやく自分ごとになったような気がする。
ここちめいどを立ち上げて米倉まなさんの思い『うつ病ガイドラインに鍼灸の文字を載せたい』

そのシンプルかつ強い思いにメンバーがそれぞれの思いを乗せて、2023年度5名のメンバーが発表をした。私はそのメンバーがそれぞれとても頑張って準備していたのを知っている。
とても尊敬するし、それぞれ沢山苦しい思いや、やりながら辛いこともあったと思うのだ。
1人の人の思いがたくさんの人の心を動かし、そしてそれぞれが出来る事をやっていく。
5人の思いを私はどうしてもこの目で見たいと思ったのだった。

 個人の開業鍼灸師、勤務鍼灸師がおそらく一人で臨床報告を提出しようと思ったら、きっと1年という短い期間では形にすることは難しいと思う。
ここちめいどのすごいところはそれを形にしてしまえるだけのフォロー体制があるからだと思っている。
症例報告を書くこと、研究をして、論文にすることなんてこれまで開業している個人の鍼灸師には無縁のことだと思っていた。

「当たり前のように、1人でできることには限りがある」と思っていた。
研究するための被験者を集めること、研究をすること数々のハードルがある。

1人でやっている鍼灸院の経営を安定させながら、仕事を続ける事は不可能なように見えるし、実際の臨床と研究にはとても深くて、大きい川が流れているように感じてしまう。
今回発表するメンバーはそんな事を感じることはあるのだろうか。
ただ1人で自己流で鍼灸治療をしてきたと話す1人のメンバーがまさか自分が発表することになるなんて・・・そう話していたのをふと新幹線で思い出した。
「彼女は1人で細々とやってきた鍼灸だったけれど、そんな自分が鍼灸業界に何か働きかけることが出来るなんて」と話していた彼女の表情はとてもキラキラしていて、悲壮感のかけらもない。
きっと準備や発表は大変なものなはずなのに、こうやってやり遂げていく人を見ると私も何か出来ることはないのかという思考を頭でめぐらせている自分がいるのに気がついた。

 ここちめいどメンバーの発表もそれぞれに伝えたいメッセージがあり、症例報告なのに、そこにはその報告のなかに必ず伝えたい誰かが見えるような発表だったと思う。
私は鍼灸師という仕事は誰かの人生をより良くするための手段だと思っている。だからこそ、治療の内容には意味があるし、『ただこなす』作業のような治療はないと思っている。

 今回の発表もまさにそのような、「見ている人に発表者の視点はどこにあるのか、そしてそれはどこに向かっているのか」を感じるような発表だった。

 発表している人だけではなく、発表を支える人たちもまたその発表にはあった。
データをまとめる人、アドバイスをする人、1人で行うはずの研究がみんなを巻き込む力があり、それをサポートする人達の思いもまた、遠心力のようにどんどん大きい力になっていったように思う。
だからこそ、私もこんなにワクワクしてまるで自分事のように発表を見守っている、いや、学会が終わった頃にはそれは全て自分事だった。

 発表しないメンバーも駆けつけて発表を一緒に聞く事、学会発表だけでなく、メンバーを労う飲み会をセッティングする人、気持ちを盛り上げる旅のしおりならぬ「学会のしおり」を作る人。
いやいや作業をする人はおらず、皆自分の得意分野で発表者をサポートするその姿もまた私には新鮮に映った。

 こうやって出来上がった、発表はまさに誰1人欠けても成り立たなかったように思う。
1人では途方もない川の向こう岸に架けた橋は今回発表をしたメンバーとそれを支えたメンバーが同じ方向を向いていたからこそかけられた橋なのではないかと思う。

 一人ひとりの力は小さいかもしれない、それぞれが鍼灸のフィールドで自分がいる場所をもっと明るい、より良い世界に変えるために力を合わせた結果が今回の学会ではあったように思う。
メンタル疾患の症例報告の部屋には立ち見の観客が出るほど盛況だった。
この結果はここちめいどの熱量が他の人に伝わったからではないのかと思わずにはいられない。

 誰かの心に何かを残す発表があの日確かにあったし、鍼灸業界の未来は明るいかもしれないと思える希望を私は見た。

 

一般演題


飯田通容
「既存患者の危険兆候を鑑別し、病院への再受診を促せた一例」
個人開業鍼灸師が臨床上出会うかもしれないレッドフラッグにどう対処したのかを考察する発表は同じ個人開業鍼灸師でも鍼灸業界に貢献出来る事がある。と気づかせてくれる発表でした。何よりも苦手なパソコンでの資料作り、相手に伝わる文章を作り上げる底力がすごい。オンラインサロンに入って間もない中、発表できる所まで作り上げる、本人の熱い思いがあってこその発表だなと思います。


岩澤拓也
「パニック症患者に対する鍼灸治療の1症例」

* @たくさん パニック症の患者さんと共通の認識を持つことで、メンタル症状の改善を見える化する事で鍼灸師も患者も両方が安心して治療することができる可能性を教えてくれた発表でした。治療のステップを体の状態にフォーカスするのではなく、出来る事を一緒に積み上げていく事で治療の効果が見える化出来るのは心のケアに上でも大切だな。って改めて思いました。

杉山英照
「鍼灸治療と傾聴の併用が奏効したパニック症の1症例」
* @すぎさん 他鍼灸院から転院してきた患者さんが寛解した理由を分析する発表でした。聞きながら患者さんと施術者が一緒に内省しているように感じました。信頼関係を築くために治療技術だけにフォーカスしがちな鍼灸師、信頼関係を築くためには相手の思いを知ること、傾聴が大切なんだと改めて感じられました。

米倉まな
演題「鍼灸院におけるうつと不安症状を有する患者の実態調査(第2報)」
* @まなさん 3人よらば文殊の知恵の鍼灸バージョンのような発表でした。鍼灸師が全国の患者データを集められるようになる。という事はこれまで誰も成し得なかった事だと思っています。技術や流派が違っていても、鍼灸と問診(傾聴)の二つのポイントを共有すれば大きなデータになるという可能性は1人では無理だと思えることも可能にしてくれる発表でした。メンタル疾患への鍼灸治療が効果があるということを示せるデータ集めが個人鍼灸師に出来るという可能性を見せてもらった発表でした。

加藤久仁明
演題「オンラインを活用した開業鍼灸師による共同研究の実施(第1報)」
* @くにさん 全国の個人鍼灸師がどのようにオンラインツールを活用して研究発表できたのかを回想する症例報告。遠隔で、直接会わずにいてもチームとして一つのミッション(研究発表する、データを集積する)が出来たのかを分析する事は1人では難しいと思える物を成し遂げるためのエッセンスが詰まっていると感じた発表でした。
文責:
屋由美/はり灸サロン月花

 

2023.6 全日本鍼灸学会での発表

 

6月10日(土)第5会場(403 4階)14:00〜
一般演題
飯田通容
「既存患者の危険兆候を鑑別し、病院への再受診を促せた一例」
6月11日(日)第6会場(501)9:00〜
若手パネルディスカッション(教育研修部主催)
米倉まな
「開業鍼灸師が症例報告を行う意義と所感」
6月11日(日)第4会場(402)13:00〜
岩澤拓也
「パニック症患者に対する鍼灸治療の1症例」
6月11日(日)第4会場(402)13:12〜
杉山英照
「鍼灸治療と傾聴の併用が奏効したパニック症の1症例」
6月11日(日)第4会場(402)13:36〜
加藤久仁明
「オンラインを活用した開業鍼灸師による共同研究の実施(第1報)」
6月11日(日)第4会場(402)13:48〜
米倉まな
「鍼灸院におけるうつと不安症状を有する患者の実態調査(第2報)」
(共同研究)
6月11日(日)第4会場402 11:42〜
柴田健一
「鍼灸現場における電子カルテの導入および利用の実態調査」
(座長)
6月11日(日)第6会場(501)13:00〜14:00 座長
金子聡一郎
教育講演「集まれみんな!鍼灸臨床研究-観察研究のデザインと統計-」